日々感じたことを
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先のエントリーでも表明したように、私自身は基本的に個人主義者であると思います。これは、現在社会の価値観により自らの中に形成されていったものと考えます。そのような前提に立ったとき、それ以前の特に戦前における価値観について興味をひかれるわけです。

8月15日前後にはよく、戦争と平和についての特集が様々なメディアで行われ、如何に戦争が悲惨で平和が尊いかを説きます。しかし、このような感情に訴えるのみのもので、過去の反省ができるのでしょうか。私はなぜその時、日本人は戦端を開くという選択をするに至ったのかを、当時の価値観・情勢等を省みて検証することこそが、真に次なる戦争状態を回避し国民の利益を護持するために重要な示唆を与えてくれるのではないかと考えるわけです。

この分析については、未だ資料を集めながらでしかありませんが、その資料の中に前のエントリーの私の現在の価値観とは異なる、当時の日本の国家観・国体観を示唆する解説がありましたので紹介いたします。

この本は、明治期から戦後までジャーナリストとして言論人として活躍された徳富猪一郎(蘇峰)による”宣戦大詔”の解説書です。(蘇峰の略歴などは”徳富蘇峰記念館”等を参照ください)1942年3月という開戦から3ヶ月程の時期に発行されています。このころ蘇峰は自身が創刊した”国民新聞”(東京新聞の前身の一つ)から離れて、”東京日日新聞””大阪毎日新聞”(毎日新聞の前身)の社賓となっており、この本も両社の協力の下執筆されています。今では左に寄り過ぎといわれることのある毎日新聞にもこんな時代があったわけです(時代が時代だからかもしれませんが)。

紹介したい箇所は他にもありますが、今回は、「日本国家の特殊性」と題する箇所を以下に引用します。


------------------以下引用------------------------------
日本国家の特殊性

茲に我等が心得て置く可き事は、日本は西洋流の権利義務を経緯とした個人主義に依って国を建てたるものでも無く、又た支那の如く家族を本位として国を建てたるものでも無い。西洋は個人が集って国を成したるものであって、其為にルッソーの『民約論』なども出で来りたるものである。『民約論』はルッソーに始まった訳でなく、其の以前ホッブス、ロックなどという人々の議論もあって、必らずしもそれが其の通りと正認する訳ではないが、然も斯る議論の出で来りたる根本は、欧米社会が個人を本位とし、個人の集合体が即ち国家を成すに至りたることを証す可き、有力なる証拠と云って差支あるまい。故に欧米では国家は滅び、家族は散乱しても、個人は依然として存している。個人主義の国としては正に斯く有る可きものであろう。
支那は個人を以って本位とせず、家族を以って本位とする国である。故に支那では国家は常に革命を免かれず、歴史の上にも二十四朝の歴史が存在しているに拘らず、家族は昔ながらの家族である。支那が異人種より征服せられたるに拘らず、尚お依然として、その支那たる所以を失わざるは、其の君主を変えたる迄にして、国家を成す所の要素である家族は、漢、唐、宋は申迄もなく、元の時代にせよ、明の時代にせよ、清の時代にせよ、皆な同一であるからである。

然るに我が日本は、個人主義の国でも無ければ、家族主義の国でも無い。日本では家族を大切にし、血統を重んずる事は、支那に比して毫も劣れるところは無い。けれども日本にはさらに大なるものがある。それは皇室である。支那には家族はあるが、皇室は無い。日本には家族はあるが、更に其上に皇室がある。支那では家族が集って国を成すが、日本では皇室が国土を統治し給うて、其の国土に皇民たる家族が繁殖しているものである。
故に支那では家族があって、而して後国家があるが、日本では国家があって、而して後家族がある。支那では国と家と何れを大切にするかと云えば、如何なる時にも家を大切にし、国は其次である。西洋では身を大切にし、家は其次、国は又た其次である。日本では国を大切にし、次に家を大切にし、次に身を大切にする。日本は西洋とは全く其の順序を転倒している。

而して国という事も、支那や西洋の国とは、大いに意味を異にしている。日本では国は即ち我が天皇の治しめすところのものにして、日本人には君と国との差別は無い。君の他に国無く、国の外に君無く、既に皇国と云えば、天皇の治しめすところの日本国民も皆な其中に包容せらる々ものである。国家に奉仕するということは、即ち天皇に奉仕することである、我等一億の民衆は、一人たりとも、決して天皇を国家の機関などと思うているものでは無い。
西洋でも支那でも、其の君主が亡びても、其の国家は依然として存しているが、日本では皇室あっての日本国で、皇室を外にして日本国なるものを想像する事さえも、我等に於いては出来ない。これが即ち日本の世界に比類無き国体の国体たる所以である。
-----------------------引用終わり------------------------

旧字体や旧仮名使いを一部修正していますが、蘇峰は上記のように国家観・国体観を論じていました。皇室=国家の元に家族があると言う家族の入れ子構造と言うところが、八紘一宇の考え方につながっているわけでしょう。この考え方は現在のいわゆる象徴天皇でも 継続されていると見ることは出来ると思います。個人的には、現在のような緩やかな関係が望ましいのではないかと考えています。あまりに強い権限を与えてし まえば虎の威を借る狐に、いわゆる三権分立による相互チェックの暴走阻止の機能を骨抜きにされる可能性があるからです。また、天皇機関説を牽制しているあたりは、大正デモクラシーの時期での議論に釘をさすようでもあり、当時の国家観や天皇に関する議論を調べる取っ掛かりにもなりそうですね。現代では忘れてしまっている大切なことや、自分ならこの方が良いなどの考察のネタにしていただければ幸いです。

もし御存命なら昨今の、戸籍法改正や夫婦別姓という家族の枠を蝕みかねない政策について異を唱えていらっしゃったかもしれません。第二次世界大戦後に蘇峰同様にA級戦犯容疑をかけられ公職追放された思想家の中には、発言などが戦後ほとんど表に出なくなった方もいるようです。当時と今とでは状況は大きく違いますが、皆日本をより良くしようという方向は同じわけですから、温故知新も忘れずやっていくべきではないでしょうか。


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